田子の浦港とは
葛飾北斎 富嶽三十六景 『東海道江尻田子の浦略図』
富士山を仰ぐ美しい港 田子の浦港
(右図) 葛飾北斎の描いた 東海道江尻田子の浦の略図
この絵が描かれた当時 海上交通の要となっていたのが吉原湊でした。
富士山から流れ出る沼川と潤井川の合流点にある吉原湊
これが現在の田子の浦港のルーツです。
戦後この地域の産業が急速に発展するにつれ、大型船が入港できる港が必要となり吉原湊を大きく拡張する形で誕生したのが田子の浦港でした。
昭和33年以前の吉原湊(沼川石水門を望む)
(提供/田子の浦港管理事務所)
現在の沼川橋と田子の浦港
山部赤人 歌碑
田子の浦港築港以前の吉原湊は左右均整のとれた富士山を望む名勝であり、
多くの画家や文人、写真家を惹きつけました。
奈良時代の歌人・山部赤人の歌でも有名
田子の浦ゆうち出でてみれば真白にぞ富士の高嶺に雪は降りける『万葉集』
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